ここは四階。初めて地上から離れたところに住んで驚いた。蚊がほとんどいない。蚊と戦わなくていいだなんて、蚊取り線香のコマーシャルではああ言っているけれど、日本の夏は実はいろいろだったのだ。

ピザの具がちゃんとメニューに記載されている通りかどうかをチェックするＳ君の話が書かれた「日常の戦線」の  “いんちきなタコヤキ屋に文句を云うとき、しかし、その厳しさは本質的には自分自身に向けられたものだと思う。「今、ここ」を生きることに対する当事者意識の表れなのだ”  という箇所を読んでハッとした。注文したピザの具がメニュー通りかどうかをチェックする人生なんて今まで考えたことがなかった。けれど、はたしてそれで良かったのだろうか。

蚊がほとんどいない部屋に住み続けて早数年。たまに実家に帰ると、「やっぱり蚊はいるんだ」と思いながら、パチンパチンと強烈に「今、ここ」を感じて戦っている自分がいる。

『蚊がいる』　穂村弘