『夜は短し歩けよ乙女』
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2020-08
小洒落た雑貨が壁に程よく配置され、薄暗くも暖かな電気の下で開いたメニューに見つけた「電気ブラン」の5文字。
いつも悩みがちな注文はその瞬間、メニューを開いて3秒で決まった。
春の心地よい夜に友人たちと飲み歩いて行き着いた素敵なスナック。そこにそいつはいた。そしてその名前を見た瞬間思い出されたのは、とある黒髪の乙女のこと。
『夜は短し歩けよ乙女』
この物語に出てくる「電気ブラン」というお酒。正確には「偽電気ブラン」なのだがそれが妙に印象に残っていた。
この本を読んだのはまだ成人前だったから、その時はお酒のことなんてなんにも知らなかったけれど、あんまりにも彼女らがごくごくとそのアルコールを口に運ぶので、未成年ながらにこれは大丈夫なのか、と思ったものだ。
『口に含むたびに花が咲き、それは何ら余計な味を残さずにお腹の中へ滑ってゆき、小さな温かみに変わります。それが実に可愛らしく、まるでお腹の中が花畑になっていくようなのです。飲んでいるうちにお腹の底から幸せになってくるのです。』
作中で出てくる「偽電気ブラン」を飲んだ黒髪の乙女の感想。こんな風に言われちゃ気にならないわけが無い。
あいにく、そのお店で私が出会ったのは「電気ブラン」であって「偽」ではない。作中でも「電気ブラン」と「偽電気ブラン」は全然違う、と書かれていたのだが、そんなことはなりふり構っていられない。
頭に可愛らしいバンダナを巻いたママが夢にまでみた憧れの「電気ブラン」を運んできてくれる。
恐る恐る、1口。
美味しい。これがあの電気ブランか、とあまりの感動に胸を躍らせてしまった。
思ったよりも少しアルコールがきつくてくらっとしてしまったけど、それさえも心地よい。気がついた時にはもうグラスは空になっていた。
もう1杯いっちゃう?なんて思ったりもしたけどそこはかろうじて自制心でブレーキ。
なんせ、わたしは黒髪の乙女のような酒豪ではないのだ。まだまだ彼女には敵わない。
その日、私の人生の野望がまた1つ更新された。「いつか偽電気ブランを飲む」。
どこで出会えるのかは定かではないが、もしかしたら偽電気ブランと一緒に黒髪の乙女と出会って飲み友達になったりなんかしちゃうかもしれないと思うと、早く夜の街に繰り出せる日々が待ち遠しい。
『夜は短し歩けよ乙女』森見登美彦