『かわいい結婚』
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2019-08
北海道のある街でこの物語の続きのような女性に会った。
ひとりで偶然立ち寄った喫茶店のママ。わたしが喫茶店のドアを開けた時にはすでに閉店後1時間経っていたみたいだけれど、わたしが居場所に困っていることを察して店に入れてくれ、それから1時間以上ふたりでおしゃべりした。
「ここは町の保健室なの。病んでいる人たちがいつも来る。でも、あなたみたいな病んでない人が来てくれて嬉しいわ。今日は良い日だなって思うよ。」
ママは、ときどき静かにじっとわたしの目を見つめたりする。
同年代では珍しいだろうに、70年間結婚せずにずっと働いてきた。ファッションデザインの勉強をするために、仕事を掛け持ちしてお金を貯めて東京に出たこともあった。死ぬまでずっと働きたいから歳をとっても続けられる仕事をと、15年ほど前に喫茶店をはじめた。
名前は「喫茶サンタ」。お店の中は一年中ずっと、クリスマス。
デパートでショーウインドウをデザインする仕事をしていた頃から、クリスマスの季節が一番好きだったって。わたしがフィンランドに住んでいたことを聞いたママは目を輝かせながら、死ぬまでにいつかフィンランドでクリスマスを過ごしてオーロラを見るという夢を教えてくれた。
「そのブラウス、すごく可愛いですね」とわたしが言うと、それは高校生の頃にお母さんが買ってくれたお気に入りのブラウスで、お母さんが亡くなったときに実家の整理をしていたら箪笥から出てきて、また着ているのだと。ものすごく似合ってた。
「家族はもうみんな死んだ。今はわたし1人よ。」
さみしさよりも、自分の人生を自分で選んできたんだというような自信が見える表情。かっこいいなと心から思った。もっと話したかったけれど、迎えの車が来た。
ママは、見えなくなるまでずっと、手を振って見送ってくれた。・
かわいい結婚(山内マリコ)