『西洋菓子店プティ・フール』
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2020-05
美しいのは一瞬。瞬きをする間に消えてしまうくらいの、ほんの短い、まるで白昼夢を見ていたような時間。だからこそ、その輝きは価値を増す。菓子作りはひとときの夢を見せる仕事だと思う。
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初読は大学2年生の夏。ちょうど、パティスリーでアルバイトをはじめた頃。覚えたてのフランス語がたくさん出てきて、何だかうれしかった。
とある町のケーキ屋さん(というのがここではふさわしいと思う)にまつわる人たちの短編集。短編それぞれの名前が素敵だ。いちばん好きな短編は「ヴァニーユ」。潔白な白を連想させるのに、香りが甘く、強いヴァニラ、というのが、澄孝から見た亜紀をよくあらわしている。その後に、ミナから見た亜紀の話が出てくるのだけれど、「ロゼ」、真っ赤な薔薇の色をあてがっている。同一人物をどのように捉えているか、短編のタイトルからも伺える。
事情があって辞めてしまったけれど、たまに無性に、シェフのお菓子が食べたくなる。でも食べたくなるのは、季節限定やお洒落なガトーではなくて、いつもあるもの。フィナンシェにマドレーヌ、ガレット、スペキュロスといった、素朴な焼き菓子。バイト終わり、自分からするバターやクレームの甘い香りも好きだった。なんだか、自分が可愛くなれた気がしてた。『西洋菓子店プティ・フール』千早茜