『ジョゼと虎と魚たち』
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2020-07
そしてジョゼは幸福を考えるとき、それは死と同義語に思える。完全無欠な幸福は、死そのものだった。
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先日逝去された田辺聖子先生。ご冥福をお祈りいたします。引用したのは表題作の一文。「今、私は最高に幸福だ」と思う瞬間は、それが儚く脆い泡沫のような瞬間だからこそ「幸福」なのであって、くりかえしあるものでは感じえないー「悦楽」といってもいいかもしれないがーものなのだと思う。いつか消えてなくなってしまうからこそ「幸福」と呼べる瞬間になって、私の奥深くに刻み込まれる。毎日、手を伸ばさずともあるものなら、それは日常であり退屈なものだろうから。むしろ認識もしないのかもしれないーそれは「死」なのだろう。鮮烈な感覚ではないし、そもそも無意識だろうから。
この春で多くの同級生が社会に出た。そんな中、私はまだ学生の身分で過ごしている。結婚や同棲の話をしだす同級生もいる。恋人もいない私は、なんだか自分が置いていかれたような気が勝手にしている。彼女の作品を読むたび、私には「女」として何か決定的に欠けているピースがあると感じる。だが、嫌な感じでは決してない。これが、彼女の才能なのかもしれない。私は、本を読むことで自分の欠けたピースを埋めているのかもしれないな、とふと思った。『ジョゼと虎と魚たち』田辺聖子