『怖い絵泣く女篇』
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2019-04
さあ、もう一度、子供だったころの目で、世界にふるえ、おののこう。
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講義で西洋美術史を受けたのだが、いかんせん、センター試験日本史選択の私には、西洋美術の知識が皆無。初見の絵ばかりで「そうだったのか」といった、再発見の感動はあまりなかった。浅学でお恥ずかしいかぎり。
絵は好き。しかし、恥ずかしながら観るのが速い。美術館でも、すすすーっと観てしまう。それで何周もして、惹かれた作品の前で、じーっと観るのが好きだ。
さて、「怖い」をキーワードにまとめられた本作だが、一見して怖くないものもある(圧倒的に「怖い」ものも、もちろんある)。だが、絵を語る言葉を読むうちに、じわじわと「怖い」が来る。「怖い」理由をはじめに述べるのではなく、少しずつ明らかにされるため、ページをめくる手が止まらない。1作品分の解説を読み終わったあとには、背中がひやひやする。
特に惹かれたのは、ジェラール『レカミエ夫人の肖像』。蠱惑的な女性の肖像画なのだが、はてさて、どこが「怖い」のか。「つまり彼女たちは、こうしてあらかじめ死んでおこうとしたのだ。」。「耽美」とは、一種の「怖さ」を与えるー言いしれぬ「おそれ」を身に纏うことなのだと思う。
西洋美術に疎い私だが、知らないうちに目にしていたものがちらほら。ベラスケス『ラス・メニーナス』、レンブラント『テュルプ博士の解剖学実習』。どこで観たんだろうと考えてみた。はっとした。そうだ、びじゅチューン!。教育テレビ、おそるべし。いや、びじゅチューン!大ファンです。「風神雷神図屏風デート」大好きです。『怖い絵泣く女篇』中野京子