『シノダ! 樹のことばと石の封印』
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2020-01
冒険に出よう。
大人になると、今から出かける目的がたとえただの散歩だったとしても、なんとなくそういう気分になってしまう。
近所のスーパーにトイレットペーパーを買いに行くだけの日曜の朝でも、たとえば、いつもとちょっと違う道から行ってみようかな…という考えが頭をよぎると、心の底の方からムクムクっと何かが湧き上がる。
基本私は昔から出不精だったので、「散歩に行こう」という気持ちで散歩に出た経験は数少なく、逆にその少ない散歩の思い出が鮮明に残っていたりする。
父と土手で見つけたプレーリードッグの巣。
道の端っこで日向ぼっこしていたヘビを見ないようにしてダッシュしたあの道。
お小遣いで買った新学期用の文房具をカゴに乗せて母のあとをついて自転車を走らせたあのアスファルト。
プレーリードッグはもういないかもしれないけれど、みんなみんなきっとまだ残っている。
私の頭の中で冒険になったあの場所に、なんとなくまた、行ってみたくなる。
大層な響きのことばだが、冒険は案外そのへんに転がっていたりするのかもしれない。
このお話に出てくるユイ・タクミ・モエの3兄弟は、自宅のたんすから冒険に出ることになる。
たんすの中に別世界。ファンタジーとしてはよくありそうな気もするが、直前まで裸足で立っていた家の床の感覚が次の瞬間草や石の感触になったら、そりゃ当然びっくりする。
3人は足の裏の変化だけでは済まされないくらいの大冒険をするのだが、私は散歩に出ようかなという気になったときに、なぜか彼女たちを思い出す。トイレットペーパーを手にしてレジに向かうその短い時間でさえ、ときどきふわふわしてしまう。
家に帰ったら、たんす、開けてみようかな。
『シノダ! 樹のことばと石の封印』富安陽子 著