愛知県名古屋市名東区、藤が丘駅から徒歩5分。通り沿いにある古本屋・千代の介書店さん。名古屋から地下鉄で約30分という新興住宅地にあり、近所には大学もあります。
まず、お店に入ってびっくりするのが圧倒的な本の量。入り口付近には、近代文学がずらりと天井まで並べられています。近代文学以外にも海外翻訳や芸術、歴史、哲学、思想とジャンルはさまざま。店主の溝口清司さんが仕入れたたくさんの本たちが、丁寧に作者ごとに振り分けられ、棚に収まっています。
しかも、1冊1冊にビニールカバーが施されていて、なんと箱入りの本にまでも。ちゃんと本の中身が確認できるように付けてくれていて、本だけでなく、その本と出会うお客さんへの愛情も感じます。作者が50音順に並んでいて探しやすいというのも、お客さんがたくさんの蔵書の中から、お目当ての本や気になる本と出会いやすいようにという心配りから。 ビニールカバーをつける作業は根気がいるし、新しい本が入ってきたら、その本を棚に入れるために少しずつ場所を移動しなければなりません。天井近くの棚になると脚立を使いながらの作業になり、もちろん本は複数冊になると重いのです。でも、「ずっと座っているだけじゃ、お客さんに本は届かない。届けるための努力をしないとね、だめなんです」と溝口さんは語ってくれました。本の迷宮みたいな棚を体感しに、遠方からもお客さんがよく来るそうです。私もHPの写真を見ましたが、いや、これはやっぱり体で楽しみたいと思って、訪れた口です。じっくり見ると1時間や2時間は平気で経ってしまいます。ぜひ一度体感して欲しい「千代の介書店」を営んでいる店主の溝口さんに、お話を伺いました。
本屋を始めたきっかけはなんですか?
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東京で働いていた頃、よく利用していた神田の本屋。名古屋に転勤が決まり、最後の挨拶に行ったら、「名古屋にはちゃんとした本屋がないよ」と言われました。もちろん本屋はあるのだけれど、自分が好きな文学をしっかり集めた本屋は確かにありませんでした。だからいつかは、本屋でもやろうかな、と。でも、その後、勤めていた会社の倒産や子育て、自分で会社経営と日々忙しく、本屋のことはすっかり忘れていましたね。定年が近づき、貯めたお金で遊んで余生をと思っていたが、ふと思い出したのが、「名古屋にちゃんとした文系の本屋がないなら、自分で作ってしまえばいいんじゃないか」という神田の本屋店主の言葉。そうして、古本屋・千代の介書店が誕生しました。
名古屋市名東区藤が丘で始めた理由
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実は場所はどこでも良かったんです。こことは別の物件に決め、契約のために不動産屋に向かう途中、藤が丘の大通りを「いい場所だな」と思いながら歩いていると、通り沿いに「売り物件」と看板のかかった建物を発見しました。これは!と思い、すぐに看板の不動産屋に連絡を取り、決めました。それが今のお店です。
他の本屋さんとここが違う所はありますか?
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視界すべてが本と言う本に埋め尽くされている棚です。倉庫に置いておいても意味がないから、なんとかお店に本を出したくて、考えだしたのが天井近くにまで棚を作るということ。業者に頼むとお金がかかるので、全部自分で作りました。
溝口さんのこだわりを教えてください
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変わった本屋を作りたいということ。自分がお客さんに読んでもらいたい本だけを置く本屋を目指しました。普通の本屋だと、作家の代表作や賞をとったものだけ陳列されていることが多いと思います。そうではなく、作家のすべての作品を並べたかったのです。代表作だけではなく、他の作品も読みたいというお客さんのニーズに応えるために本をたくさん仕入れました。あとは対面販売しかしていないから、お客さんとの会話から次に仕入れる本を探ったりしています。また来てくださる人に次も喜んで欲しいですし。
今後やっていきたいことがあればお聞かせください
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現在83歳で、お店と自宅が離れており、バスと電車で片道1時間半をかけての通勤しています。正直、体との戦いです。続けられるのも、もしかするとあと数年かもしれません。今後やりたいことではないけれど、もっと大きな店を作ればよかったな、と思っています。今、蔵書は3万冊くらいで、もし500坪くらいのお店だったらどれだけ本を置けるか、そして、その本を望んでいる人に届けられる機会がどれだけ増えるかって考えてしまいます
おきにいりの本を教えてください
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松本清張、水上勉、佐藤春夫。というか、お店に置いている本は全部おすすめだし、こんなこと言ったらだめだけど、売りたくないなと思ってしまうくらいに、全部の本が大切です。だから、自分がお店をやめてしまうと、この本たちの行き場がなくなるのが一番悲しいし辛いですね。体のいうことがきくならば、生きている限り店を続けたいし、這ってでも店に立ち続けたいです。
お店は現在、11時半~16時半までですが、溝口さんの体調次第でお休みすることもあるそうです。電話で確認してからの来店をおすすめします。
最後に。溝口さんは、とてもお話好きな方で、いろいろと伺わせていただきました。その中で特に心に残った話を紹介して終わります。 「本を読んでいると人の気持ちを想像するという力が身につきます。読んで考えるという力が備わります。その力があるかないかで、その人の生き方は変わっていくだろうし、最近よく起こる悲しい犯罪も減るのではないでしょうか。正直、古本屋も本屋も縮小傾向で儲からないけれど、でも自分が世の中を少しでも良くするためにできることは、やっぱり本を売ることなんだと思っています」
(取材/編集:204号室の住人)